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祈り、道標となるもの

「羅針盤」を整える

 自分については、火の力が強いな、と感じることが多いのですが、

 一方で、なのか、だからこそ、なのか、

 水に関係の深い神仏との縁も深いように思います。

 

 このブログのタイトルも、「航海することが必要である」という、

 海、水にまつわるものとなりました。

 そしてまた、生きることそのものが航海のようなものではないかと、タイトルの説明として、最初の記事にも書いています。

 

 自分の拝みの目指すところは、と改めて考えた時に、

 それぞれの中にお持ちの羅針盤を見つけ出し、調整していくことではないかと思い至りました。

 

 新たに羅針盤を用意すること、ではないのです。 

 羅針盤はみなお持ちで、何かの拍子にそれを見失ってしまっただけのこと。

 

 ご自身の中の羅針盤を見出していただくために、

 必要ならば祓いをし、

 必要ならば落としてしまったマブイを込め、

 必要ならばご先祖との繋がりを強固なものとするために供養をする、

 そういうことなのだと思います。

 

 羅針盤を取り戻したのならば、ひとりでも歩いていけるから。

 そして時折羅針盤のメンテナンスを行うと、よりよく進んでいける、ということなのだと。

 

 だから、整えた羅針盤を持って、力強く進んでいかれる様を見せていただけることは、わたしにとってこの上ない喜びなのです。

 

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