Navigare necesse est.

祈り、道標となるもの

見守る

 「見ているだけ」は良くないことのように言われたりもするけれど、

 「口を出す」や、「手を出す」より、よっぽど難しいこともある。

 よっぽど苦しいこともある。

 

 それが本当に「見ているだけ」なのか、実のところ「見守っている」なのかは、端からは(あるいは自分でさえも時々)、判別がつかないこともよくある。

 

 愛に根ざした覚悟を持って、物事や人が「転ぶ」のを見ているのかもしれないということを、忘れてはいけない。

 転ぶ要素を、すべて取り除くのが愛なのか。

 転んでみないと、本人に深く深く染み込んでいかないこともある。

 

 転ぶのをきちんと見届け、手が必要な時には必ず駆けつけること。

 

 あなたがしているのはそういうことかもしれないし、

 あなたの大切なひとがしてくれているのは、そういうことなのかもしれない。

 

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