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祈り、道標となるもの

こころ

ドライブ

目下研究中なのは、「ブレーキの踏み方」。 ……運転の話です。 とは言え、これは何にでも応用できるのではないかという気づきを得ました。 ひとりで乗るのなら(事故を起こさないという前提はもちろんのことですが)、 ブレーキはどんなタイミングで、どんな強…

替えの利かないもの

自分を大切にするということ。 アンパンマンのように替えの顔があるのならば、「自分」をちぎって渡すのもよいかもしれません。 しかし人間には替わりの顔など存在しないので、いつか「自分自身」がいなくなってしまいます。 自分のこころをちぎることなく、…

からだとこころ

こころとからだが作用し合っていることは、現代においてはよく知られていることだと思います。 しかし、からだを整えればこころが整うということを忘れてしまう時もあります。 例えば。 これはわたしが肝に銘じていることですが、 重要な決断を下す前には特…

遠く、近く

先日、セラピストの方々に研修をさせていただく機会に恵まれました。 拝みではなく、リフレクソロジストとして接客と技術についてお伝えした時のお話です。 足の甲をクリームを使ってトリートメントをしている折に、施術をしている部位ではなく、 視線を遠く…

車窓から

宍道湖。 暮れゆく空の美しさ。 宍道湖唯一の島の名前が「嫁ヶ島」なのですが、そこにも琵琶湖同様、竹生島神社があるそう(ただし、勧請は宮島より)。 車窓からは、その鳥居を眺めるのみとなりました。 雨も降っていたので、水滴はご愛嬌。 開山1300年を迎え…

足もと

連日、大阪市内の寺社を参拝しています。 大阪市内に帰ってきて1番よかったのは、こうやって、手の届く範囲に歴史ある寺社が多数あること、かもしれません。 歴史があるということは、それ即ち、長い年月にわたって、大切にされてきた神仏がいらっしゃるとい…

「わからない」の向こうへ

相手を大切にする方法が、考えて考えてもわからない時、わからなくなってしまった時、 ただ必要なのは、「教えてください」とお願いすることなのかもしれない。 「あなたが大切だけれども、あなたを大切にする方法がわからない」と、正直に打ち明けること。 …

順序

我が命 神に賜いし寶(たから)なり 身をば勞(いた)わり奉仕務めん これは、かむろ大師開祖の、尊海上人がお詠みになった歌です。 尊海上人は生涯で多くの歌を詠まれ、その歌たちは本堂の中に掲示されています。 また、現在も法話にて、尊海上人の歌が取り上げ…

「今」を振り返る

そんな時代もあったねといつか話せる日がくるわあんな時代もあったねときっと笑って話せるわだから 今日はくよくよしないで今日の風に吹かれましょう 中島みゆき 「時代」 どうしようもなく悲しい時、 どうしようもなくつらい時、 未来から考える、という方…

めぐるもの

文・中津川昌弘 絵・広田千悦子 『願いがかなう小さな神様 にほんのお守り』より。 とても好きな図です。 人が神様へと向ける心が、 より良いものとなって、また人のところへ戻ってくる。 これは目に見えるかたちでの話ですが、目に見えないかたちで返ってく…

「自分」の範囲

何事もそうですが、 自分事として捉える、ということについても、良い面とそうではない面があります。 例えば、遠く離れた場所に住まう人々の悲しみや不自由に寄り添うこと。 それらは集まって大きな力となり、接点のなかったはずの人々を救うこともあります…

日本の食卓と神様

先日、念願叶って、土井善晴先生のお話を聴く機会に恵まれました。 もともと、お話を伺ってみたいという気持ちはあったのですが、 神社庁発行の小冊子の巻頭を飾っていたり、また著書の中でも神様と食事の関係について書かれていたので、さらにその気持ちに…

「人」と「行為」を分離するということ

書こう書こうと思って2ヶ月ほど経ってしまいましたが、 7月に「天から見れば」という映画を観ました。 映画「1/4の奇跡」「光彩の奇跡」の監督入江富美子の第3作目ドキュメンタリー。 少年時代に事故で両手を失うという絶望の中から立ち上がり、画家とし…

「未だかつて邪は正に勝たず」

大阪府神社庁の今月の言葉が(そういうタイトルではないですが)、菅原道真公のこの言葉でした。 紙には、「菅家後草」とありましたが、「デジタル大辞泉」には以下のような項目で記載されています。 かんけこうしゅう〔クワンケコウシフ〕【菅家後集】 平安中…

世界の切り取り方

あなたにかけられた言葉、あなたを傷つけた言葉、 それらは正しい意見なのかと言ったら、 ただの「声の大きい」意見なのかもしれない。 目上のひとからの言葉、権威あるひとからの言葉、 それらはただ、そのひとたちの「世界の切り取り方」であるという視点…

見守る

「見ているだけ」は良くないことのように言われたりもするけれど、 「口を出す」や、「手を出す」より、よっぽど難しいこともある。 よっぽど苦しいこともある。 それが本当に「見ているだけ」なのか、実のところ「見守っている」なのかは、端からは(あるい…

神恩感謝

神仏にお願いをして、「そのまま」になっていることはないでしょうか。 神は人の敬によりて威を増し 人は神の徳によりて運を添ふ 『御成敗式目』 感謝の心、敬う心が大切であることがよくわかる文章です。 そして、それらがまず先に来ている、ということ。 …

器を安定させる必要があるのは。 水瓶から水が注がれるように、上方からもたらされる恵みを、零すことなく受け止めるため。 揺らぐ器は、せっかくの恵みを流してしまう。 まず、器自体に心をかけなくてはいけない。 そして。 器はいつも、仏様の掌の上に置か…

侍多千億仏

観世音菩薩は、幾千億ものブッダたちに見(まみ)え侍(つか)えて、その悲願を浄化してきたと観音経が説く時、その幾千億ものブッダたちというのは、じつはここにこうして生きてきた幾千億兆の生命たちのことなのであり、その生命の本来の輝きと喜びを大切にす…

一歩一歩

「休まずば百里の道も達すべし 牛の歩みのよしおそくとも」 生駒市にある宝山寺の、月ごとの掲示句を集めた『洗心抄撰集』。 (「心を洗う」というタイトルがいいですね) ぱっと開けたところが、冒頭の短歌を含んだ昭和48年の正月掲示句でした。 タイトルは「…

宝探し

普段は奥まで手を伸ばさないような棚を片付けると、眠っていた食料や服・書類などと出会うことがあります。 完全に忘れていたそれらが、適切な機会を得て、息を吹き返す様を見た経験はないでしょうか。 同じように過去を遡ってみたならば、思わぬ宝に出会う…

そこに咲く花のように

理趣経を漢音で読むのは、その教えを誤解されてはいけないから、という説を、割と信じていた。 しかし実際のところは、漢音を使う時代に入っただけ、なのだそうだ。 なぜなら、呉が滅びてしまったから。 とは言え、それを教えてくれたこの『理趣経(松長有慶…

「愛情が繋がる」

夏休み子ども科学電話相談を聴いている。 一昨日(23日)のMVPは、やっぱりどう考えても「からあげ座のつくり方」なのだろうが、 「愛情が繋がる」が投げかけてきたものは、とても大きいなと思う。 質問は、「ねこと人間の愛情が繋がるにはどうすればいいのか…

「悲」の力

山尾三省著『観音経の森を歩く』を読んでいる。 序盤、「大慈大悲の観世音菩薩」の「慈」とは何か、「悲」とは何かについての引用がなされており、 そのうちの「悲」について。 「悲」というのは、パーリ語及びサンスクリット語のkarunāの訳。 そしてそれを…

「わかる」のこと

わかる、と入力してみると、分かる、解る、判る…といくつか候補が出てきます。 少し調べてみると、どんな状況の「わかる」においても使えるのが、「分かる」であるとのこと。 その「わかる」が「分かる」であることを、よくよく伝えてくれるのが以下の文章で…

「寝かせる」

インターネットの検索で1番に挙がってきたクックパッドからその意味を引用すると、 「材料に下味をつける、煮込み料理の味をなじませる、クッキーやパイなどの生地を扱いやすくする等の目的のためにしばらくおく、または冷蔵すること。『休ませる』とも言い…

鏡に向かうが如くして

宮城県岩沼市にある竹駒神社は、末社の説明書きも素晴らしいのです。 1番好きなのが、前に立てば襟を正してくださるこの立て札。 「諸人の我が前に来たりて願を遂げんとならば、 その心偽りなく、内外清くして、鏡に向かうが如くして祈るべし」

賢人

ひとつ間違えるたびに、ひとつかしこくなる。 年々かしこくなっていくのだとすれば、それは長く生きる意味になる。 その「かしこい」は知識がたくさんあることではなく、 例えばひとの痛みを知っていること。 例えば重ねてきた経験を組み合わせて、解決に導…

紫陽花

ただ季節を感じるためだけに神社を訪れるのも、よいと思うのです。 そして、それこそが本質である、という気もします。